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朝鮮の王宮 > 昌徳宮
昌徳宮
◎ 500年続いた朝鮮王朝で258年間にわたって王が住んだ宮闕
昌徳宮は、太宗5年(1405)に正宮である景福宮の離宮として築かれた。景福宮は、朝鮮建国以来「王子の乱」など骨肉の争いの過去があり、法宮として用いることが忌避されたからである。景福宮の東に位置する昌徳宮は、昌慶宮とともに「東闕」と称された。壬辰倭乱により、すべての宮闕が焼尽したため、乱後にこれらの復旧作業が進められたが、宣祖は同王40年(1607)に景福宮ではなく昌徳宮の復旧を開始し、光海君2年(1610)に再建が完了した。しかし、昌徳宮は1623年3月に起こった仁祖反正により、仁政殿を除く建物が再度焼尽してしまう。昌徳宮は仁祖25年(1647)に復旧されたが、その後も幾度か火災による被害を受けた。特に、1917年に起きた火災は、大造殿を中心に内殿一槨が消失する大規模なものであった。
この時、昌徳宮を復旧するため、景福宮内の交泰殿をはじめ康寧殿の東・西行閣などの建物が解体されて昌徳宮に転用された。昌徳宮は、1610年の光海君(在位:1608-1623)の時から1868年に高宗が景福宮を再建するまでの258年間、朝鮮宮闕のなかでも最も長く王が住み、執政した宮闕である。
◎ 朝廷の各種儀式と外国使節の接見場所だった仁政殿
仁政殿は、太宗5年(1405)に昌徳宮が築かれた際に建てられた。その後何度か補修されており、現在の建物は純祖4年(1804)の補修によるものである。

◎ 宮闕の正門のなかでも最も古い敦化門
昌徳宮の正門である敦化門は、現存する宮闕の正門のなかでも最も古いものである。2階建ての敦化門は、太宗12年(1412)に建立されたが、壬辰倭乱で焼失し、光海君元年(1608)に再建された。敦化門の名称は、中国の儒教経典である『中庸』の「大徳敦化」に由来する。「大徳敦化」とは、「善良な心で民を教化し愛す」という意味である。
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