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徳寿宮
◎ 伝統と現代が調和する場所・徳寿宮

徳寿宮は朝鮮時代の第14代王・宣祖が文禄の役の際に避難から帰ってきた後、月山大君の子孫が住んでいた家を仮の宮殿(貞陵洞行宮)としたことから、はじめて宮殿として使われた。その後、光海君が昌徳宮へと移住する際に、貞陵洞行宮は「慶運宮」と名付けられた。慶運宮に再び王が住んだのは、第26代王の高宗がロシア公使館にしばらく滞在した後、慶運宮へ移ってからである。

高宗は慶運宮に帰り、朝鮮の国号を大韓帝国に変え、圜丘壇を建てて天に祭祀を行った後、皇帝の座に就いた。これにより大韓帝国は、歴然とした独立国であることを対外に明らかにしようとした。また、大韓帝国の地位に相応しい宮殿にするため、慶運宮に様々な建物を建て、宮殿の敷地を拡大した。当時の宮殿は、貞洞(チョンドン)と市庁前の広場一帯を包む、現在の約3倍の広大な敷地に及んだ。西欧文明を積極的に取り入れようとした高宗は、宮殿の敷地内に多くの西洋風の建造物を建てると同時に、電灯や電話など新文物をも多く設置した。


1907年、高宗が強制的に退位させられてから慶運宮は徳寿宮と呼ばれるようになった。1919年に崩御するまで高宗は徳寿宮で過ごし、高宗の崩御後、徳寿宮に対する解体・縮小作業が進んだ。

◎ 近代化のシンボル・皇宮の西洋の建物

開港以後、高宗は徳寿宮を大韓帝国の皇宮とし、近代化のための改革を推し進める中で、徳寿宮の中では様々な西洋風の建物が建てられた。中でも現存する建物は石造殿、重眀殿、静観軒である。
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