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朝鮮の王宮 > 景福宫
景福宫
◎ 朝鮮の首都を漢陽に、法宮を景福宮に
朝鮮の太祖李成桂は1392年高麗を崩し、新しい国を建国した。高麗の首都は開京(今の開城)であったが、朝鮮を建国して首都を漢陽(今のソウル)に移した。朝鮮の首都漢陽に初めて建てられた宮廷が‘景福宮’である。景福宮は1395年完工され、王が住み政治を行なった朝鮮最初の法宮であり、正宮だった。

◎ 壬辰倭乱の時、大火によって焼失した景福宮
1395年初めて建てられた景福宮は1592年壬辰倭乱の時、大部分の建物が燃失した。歳月が経つにつれ周辺国家で朝鮮を虎視耽々狙う事態が発生、朝鮮の力の強さを見せるために高宗2年に興宣大院君が朝廷の反対を押し切って景福宮の規模と面貌を創建当時の状態への再現を強行、1865年頃再建された。景福宮の再建は4年にかけて続いたが、その規模が大きく国庫を使い尽くすほどになった。このようにして完工した景福宮は宮城の長さが1,762間で大きい規模であり、門は光化門、建春門、迎秋門、神武門の四大門が改築された。宮城内の殿閣は7,225間があり、宮城外の後苑には489間の殿閣がある。しかし、日帝強占期にほとんどの建物を撤去して、勤政殿などの極一部の中心的建物だけ残り、朝鮮総督府庁舎を建てて宮廷自体が見えなくなった。幸い1990年から本格的な復元事業が推進し、総督府建物を撤去して興礼門一円を復元し、王と王妃の寝殿、東宮、乾清宮、泰元殿一円の姿を取り戻している。

◎ 景福の意味
「王の大きい恩恵と善良な政治で全国民が何の心配もなく、よく生きていく」という意味の景福は中国の《詩経》から取ってきた言葉だ。

◎ 漢陽首都に関する話
高麗末おかしな話が広がった。今の景福宮の場所に突然スモモが生い茂るように育ち始めた。高麗時代の漢陽はとても小さい村であった。それでも漢陽にスモモがたくさん育つのはスモモの姓の「李」氏姓を持った人が王になる兆候だという噂が広がった。その噂を聞いた高麗の王、恭愍王は人に命じてスモモを全部切り落とした。それでもスモモはいくら切っても生い茂るように育った。朝鮮を創建した李成桂は無学大師に新しい都邑を調べてみるように命じた。王の命令を受けた無学大師がいろいろと地方を調べて見た後、鶏龍山を都邑に定めようとしたが、夢に「都邑にはなれないので、他の所に移せ」という啓示を聞いて、また調べて定めた場所が漢陽であった。
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